松田瑞生の母明かす「娘には五輪までに2、3回死ななあかんと…」
(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

「食事にはずっと気を使ってきました。昔から家にはレトルト食品はない。すべて私の手料理です」

 

そう語るのは、1月26日、大阪国際女子マラソンで優勝した松田瑞生選手(24)の母・明美さん(54)だ。

 

2時間21分47秒の好タイムでの優勝。タイムで選ばれる、東京オリンピックマラソン女子代表の3枠目の最有力候補に躍り出た。

 

明美さんは、娘の大事なレースの前には“勝負飯”を作るという。

 

「ひじきを甘辛く煮て、白米にもち米を合わせて炊いたご飯に混ぜておにぎりを作るんです。瑞生が学生のころから大きな試合の前になると、“ひじきのおにぎり作ってな!”って言うから、必ず作ってきました」

 

“ひじきのおにぎり”をエネルギーに、瑞生選手は陸上界を駆け上がっていく。高校卒業後は実業団のダイハツに所属し、’16年の全日本実業団陸上選手権1万メートルで優勝、’17年のアジア選手権1万メートルでは銅メダルという実績をひっさげマラソンに挑戦する。

 

初レースとなった’18年の大阪国際女子マラソンでいきなり優勝。同年9月ベルリンマラソンでは日本人トップの5位に。一躍日本マラソン界のトップになった瑞生選手にとって、昨年9月の上位2位までが五輪代表に内定する選考会、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)での敗北はマラソン転向後初の挫折だった。

 

一時は引退を考えるほど落ち込んでいたという瑞生選手だったが、明美さんの叱咤もあって、立ち直りつつあった矢先の昨年11月、驚きのニュースが飛び込んでくる。

 

「マラソンの開催地が東京ではなく、北海道に決定した日、瑞生に、“私、北海道に行ったことがないから、何が何でも連れていってや”ってラインしました」

 

しかし娘からの返信は……。

 

「瑞生は、MGCで負けた雪辱を果たしたいという思いがあるから、同じ東京のコースでリベンジしたかったみたいです。だから“東京じゃないと意味がないんや”みたいな返信が来ました。でも私はそれを無視して、“北海道に行きたいから、ラッキー!”って再度返信しましたけど(笑)」

 

こう言われてしまったら、五輪に向けて突っ走るしかない。そして迎えた今年の大阪国際で、瑞生選手は誰よりも早くテープを切り、自己記録も更新した。優勝後、帰宅した娘を自慢の手料理でもてなした。

 

「瑞生が大好きな鳥のハツのしょうが炒め、ロールキャベツ、うなぎのかば焼き、きゅうりの酢の物を作りました。翌日はタイのあら炊き、赤貝とねぎの酢味噌あえ、マグロの中トロと山いもあえ、ブロッコリーと鶏肉のガーリック炒め、最後にタイのあらのおすまし。喜んで食べていましたよ」

 

だが、息をついたのもつかの間。明美さんは娘に、さらなるハッパを掛けたという。

 

「あんた死ぬ思いして練習したって言うてたけどな、2年前の大阪から1分ぐらいしかタイムが縮まってないやん。オリンピックまでに、あと2、3回は死ななアカンな〜って」

 

そう言われた娘も負けてはいない。母親にすぐさま反撃!

 

「“2、3回どころか、毎日練習で死んでたわ!”って。それで私は“それやったらまだまだだいぶ死ななアカンな〜”って。ほんまろくでなしの親でしょ!(笑)」

 

まるで漫才のボケとツッコミのような会話だが、これが松田家では日常なのだ。

 

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バキバキに腹筋が割れていることから“腹筋女王”の異名をとっている瑞生選手。

 

「そういう娘でも“好き”って言ってくれる彼氏ができたらうれしいね。もちろんイケメンがエエ。ウチの旦那もイケメンやから(笑)」

 

ちなみに、旦那さんは大工さん。明美さんとは正反対でおとなしい性格なのだとか。

 

「嫁ハンがこんだけようしゃべるから、旦那はあまりしゃべりません。瑞生が優勝した翌日、スポーツ新聞を買い込んで静かに喜んでました(笑)」

 

東京オリンピックの最終選考会となる名古屋ウィメンズマラソン(3月8日)の結果が出るまで、今は予断を許さない“待ち”の状態。娘さんが代表に選ばれたら?

 

「メダルは取らなあかんやろ。3人目の最速枠として代表に選ばれるんだから、出場したら日本人最速じゃないとあかん。その責任を果たされへんようでは、別に出場せんでもええ、そう思うんです。だから出場できたらメダルは取らないとね」

 

“松田のオカン”恐るべし(笑)。

 

「女性自身」2020年2月25日号 掲載

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